おしどり贈与で夫婦共有にすると、売るときに3,000万円控除が2人分になる可能性

相続税では差が出ないこともある配偶者への自宅の贈与が、将来この家を売るとなると、100万円前後、自宅によっては数百万円の差になることがあります。マイホームを売ったときの3,000万円特別控除は、共有者ごとに判定するからです。 

婚姻期間20年以上の夫婦が使える贈与税の配偶者控除(おしどり贈与)について、ここまでの2本の記事では相続税を中心に見てきました。税額そのものは大きく動かず、効いてくるのは相続税の申告が要るか要らないか。そして、贈与の時期によって答えが変わる。そういう内容でした。 この記事で扱うのは、そのどちらとも違う話です。子どもが独立したあとに住み替える。一戸建てからマンションへ移る。老後に住まいを小さくする。夫が亡くなるまでこの自宅を持ち続けるとは限りません。そして売却の場面では、相続税とは桁の違う金額が動くことがあります。 

この記事の内容
・1.夫婦共有なら、3,000万円控除をそれぞれ使える
・2.2人分使えるのは「夫婦とも存命のうちに売る」場合
・3.土地だけを共有にした場合は、合計3,000万円まで
・4.贈与しても、取得費が2,000万円になるわけではない
・5.税金以外にも、この制度には意味がある
・6.共有にするデメリット ・この判断の分かれ道
・7.3つの案を並べて、数字を入れる
・まとめ 税金の制度から、家族の形を決めない 

1本目の記事と同じ前提で考えます。自宅は土地3,000万円・建物1,000万円の合計4,000万円。贈与するのは、土地と建物をそれぞれ2分の1ずつ(土地1,500万円+建物500万円=2,000万円)で、贈与後は夫婦2分の1ずつの共有です。 

おしどり贈与は相続税対策になるのか ― 効くのは税額より、相続税の申告が要らなくなること 

 おしどり贈与は、いつするかで意味が変わる ― 建物評価の低下・土地の値上がり・2次相続 


 1.夫婦共有なら、3,000万円控除をそれぞれ使える 

マイホームを売却したときは、一定の要件のもとで、譲渡所得から最高3,000万円を控除できます。居住用財産の3,000万円特別控除です。 

共有のマイホームでは、適用できるかどうかを共有者ごとに判定します。控除額は共有者全員で3,000万円ではなく、適用を受けられる共有者1人につき最高3,000万円です。

この記事の自宅で試算すると 

自宅の相続税評価額は、土地3,000万円・建物1,000万円。路線価は時価の8割程度が目安ですから、売却価格はおおむね4,000万円前後とします。建物が古ければ、価格のほとんどは土地の分です。 親から受け継いだ土地で、購入当時の資料が残っていない場合は、売却価格の5%を概算取得費とすることができます。4,000万円の5%で200万円。仲介手数料などの譲渡費用を150万円とすると、譲渡益はおよそ3,650万円です。 

  • 夫の単独所有:3,650万円−3,000万円=650万円が課税の対象。税額はおおむね100万円前後
  • 土地・建物とも夫婦2分の1ずつ:夫1,825万円/妻1,825万円。それぞれ3,000万円の控除内に収まり、課税される譲渡所得は残らない 

効果の大きさは、譲渡益がいくらかで決まる

共有にすることの意味は、譲渡益の大きさによってまったく変わります。

  • 譲渡益が3,000万円以下:単独所有でも全額を控除できるため、共有にする意味はない
  • 譲渡益が3,000万円超〜6,000万円:共有なら課税を0円にできる。3,000万円を超えた部分が、そのまま効果
  • 譲渡益が6,000万円超:共有でも課税は残るが、3,000万円分を多く控除できる 

この記事の例では譲渡益が3,650万円ですから、効果は100万円前後にとどまります。それでも、ここまでの2本の記事で見てきた相続税の差より大きい、という点は押さえておきたいところです。 そして、土地の価格が高い地域のご家庭や、親の代から持っていて大きく値上がりしている土地であれば、譲渡益は5,000万円、6,000万円と膨らみます。そうなると差は数百万円です。自宅がいくらで売れそうか。それによって、この論点の重みが変わります。 もう一つ、贈与には有利に働く点があります。贈与で取得した不動産は、夫の取得時期を引き継ぎます。ですから、妻が贈与を受けてから数年しかたっていなくても、夫が長く持っていた家であれば、所有期間10年超を前提とする軽減税率の判定でも不利にはなりません。

2.2人分使えるのは「夫婦とも存命のうちに売る」場合

ただし、ここには大きな条件があります。 

夫が先に亡くなれば、控除は1人分に戻ります。 

夫が先に亡くなり、その持分を妻が相続すれば、自宅は妻の単独所有になります。その後に売却しても、使えるのは妻の3,000万円だけです。つまり「共有にしておけば将来2人分使える」というのは、ご夫婦がそろって元気なうちに売却する場合の話です。 もう一つ、期限の問題があります。住まなくなってから売る場合には、住まなくなった日から3年を経過する日の属する年の12月31日までに売却する必要があります。 施設へ入居してから、しばらく様子を見て、やはり自宅は手放そうと決める。よくある流れです。しかしその間に期限を過ぎてしまえば、この特例そのものが使えなくなります。共有にしてあってもなくても、期限を過ぎれば、2人分どころか1人分も使えません。 整理すると、3,000万円控除が2人分効くのは、次の条件がそろったときです。 

  • ご夫婦とも存命であること
  • 土地と建物の両方を共有にしてあること
  • 住まなくなった日から3年を経過する日の属する年の12月31日までに売ること
  • それぞれが、居住用財産としての要件を満たすこと 

いずれか一つでも欠ければ、想定していた効果は出ません。

3.土地だけを共有にした場合は、合計3,000万円まで 

建物は夫が100%、土地だけを夫50%・妻50%にした場合はどうでしょうか。登録免許税を抑えたい、建物の評価が下がるのを待ちたい。そうした理由で土地だけを贈与するケースは、実際にあります。 この場合、家屋を持っていない妻は、原則として、自分だけで独立して3,000万円控除を使うことはできません。ただし、次の要件を満たせば、土地の持分を持つ妻も適用を受けられる余地があります。 

  • 家屋と敷地を同時に売却すること
  • 家屋の所有者と敷地の所有者が親族で、生計を一にしていること
  • 敷地の所有者も、家屋の所有者と一緒にその家屋に住んでいること 

もっとも、この場合の控除額は、夫婦合わせて最高3,000万円です。2人で6,000万円にはなりません。

土地だけを共有にする場合と、土地・建物の両方を共有にする場合とでは、将来売却したときの意味がまったく違います。

 1本目の記事で、土地だけの贈与は不動産取得税の軽減も受けられないことがあると書きました。売却の場面でも、土地だけの共有は分が悪くなります。 

 4.贈与しても、取得費が2,000万円になるわけではない 

ここは誤解の多いところです。妻が2,000万円相当の不動産を贈与されても、妻がその不動産を2,000万円で購入したことにはなりません。 贈与によって取得した土地・建物をのちに売却する場合、原則として、贈与した夫の取得費と取得時期を引き継ぎます。昭和の時代に1,000万円で買った家であれば、妻もその金額を引き継ぎます。建物の取得費は、所有期間中の減価償却費に当たる額を差し引いて計算します。 

ですから、夫婦共有にすることの譲渡税の上でのポイントは、贈与によって取得費を高くすることではありません。一定の場合に、夫婦それぞれが3,000万円特別控除を使える状態を作れる可能性があること。そこに尽きます。 

なお、取得時期も引き継ぎますから、1で触れたとおり、所有期間10年超の軽減税率の判定では有利に働きます。引き継ぐことが不利になるのは取得費、有利になるのは取得時期、と整理しておくと分かりやすいと思います。

5.税金以外にも、この制度には意味がある

ここまで税金の話を続けてきましたが、おしどり贈与には民法の上での意味もあります。 婚姻期間20年以上の夫婦の間で、居住用の建物やその敷地を贈与または遺贈した場合、特別受益の持ち戻しを免除する意思表示があったものと推定されます(民法903条4項)。 通常、生前に多額の財産をもらった相続人については、「すでにもらっているのだから、その分を相続分の計算に反映させよう」という特別受益の問題が生じます。しかし婚姻期間20年以上の夫婦の間で自宅を贈与した場合には、「これは相続分の先渡しではなく、配偶者に自宅を確保してもらうための贈与だった」という方向で、法律上の推定が働きます。 その結果、将来の遺産分割で、妻が自宅の贈与を受けたことだけを理由に、当然に相続分を減らされるものではない、という配偶者の保護につながります。もちろん、遺留分の問題までなくす制度ではありませんし、あくまで推定です。それでも、相続税の節税効果だけでは測れない、配偶者の生活の基盤を確保するという意味はあります。 お子さんとの関係に不安がある、前の配偶者との間にお子さんがいる、妻に自宅だけは確実に残したい。そうしたご事情があるなら、節税の効果がほとんどなくても、この制度を使う理由になります。 

6.共有にするデメリット 

 一方で、税金だけを見て夫婦共有にすることを決めるのも危険です。共有にすれば、将来自宅を売却するときには、原則として夫婦双方の意思が必要になります。たとえば、次のようなことが起こり得ます。 

  • 一方の判断能力が低下する
  • 一方だけが売却を望む
  • 夫婦の生活の状況が変わる
  • 相続によって共有者が増える 

とくに気をつけたいのが、判断能力の低下です。3,000万円控除を2人分使える状態を作っておいても、売却の時点で一方が判断できない状態であれば、その持分について売買契約を結べません。成年後見の申立てが必要になり、居住用不動産の売却には家庭裁判所の許可も要ります。

控除を2人分使うために共有にしたのに、共有にしたせいで売れない。そういうことが起こり得ます。

 この点への備えとして、民事信託(家族信託)を組み合わせるという選択肢もあります。ただし、信託にすれば譲渡所得の特例がそのまま使えるとは限りませんし、信託そのものにも設計と費用が必要です。安易に足すものではありません。 長い年月の中では、いろいろなことが起こります。数百万円の税金だけを見て「共有にしたほうが得だから共有にする」と決めるのではなく、その家をこれからどうしていくのかを、先に考える必要があります。 

この判断の分かれ道 

 おしどり贈与の手続きそのものは、決まってしまえば難しくありません。戸籍で婚姻期間を確かめ、贈与契約書を作り、登記を入れ、翌年に申告する。ここで行き詰まる方は、ほとんどいません。 本当に詰まるのは、この家をこれからどうするのか、というところです。ずっと住み続けるのか、いつか住み替えるのか。売るとしたら、ご夫婦そろっているうちなのか。相続税では数十万円の話が、売却まで入れると数百万円になり、共有にしたことが将来は足かせになることもある。条件が一つ変わるだけで、答えが反対になります。判断の分かれ目は、制度の要件ではなく、ご家族の側の事情にあります。 全体の流れの中でいまどこを考えているかは相続の道筋地図で、似た状況でほかのご家族がどう考えて結論を出したかは相続の判断例で確かめられます。自宅を誰の名義にするかで、売るときの3,000万円控除が使えなくなった例もあります。 

相続の道筋地図 

相続の判断例 

相続登記を子名義にしたら、譲渡税が増えた|自宅売却と3,000万円特別控除の落とし穴 


7.3つの案を並べて、数字を入れる 

3本の記事を通して見てくると、配偶者への居住用不動産の贈与について、一律に「やったほうが得」とも「やらないほうが得」とも言えないことが分かります。実際に検討するときは、少なくとも次の3案を並べます。

  • 案① 何も贈与しない:夫の名義のまま相続まで持ち、小規模宅地等の特例、配偶者の税額軽減、1次相続・2次相続を計算する。相続税の申告が必要かどうかも確かめる
  • 案② 土地だけを贈与する:相続税だけでなく、登録免許税、不動産取得税の軽減が受けられるか、将来売却するときの3,000万円控除の使え方まで確かめる
  • 案③ 土地・建物の両方を贈与して夫婦共有にする:1次相続・2次相続だけでなく、将来自宅を売却した場合の譲渡所得税まで計算する。売却が夫婦そろっているうちかどうかも置く 

そのうえで、次のものを数字に落とします。いまの相続税評価額と固定資産税評価額、土地と建物の内訳、夫婦それぞれが持っている財産、小規模宅地等の特例、配偶者の税額軽減、生前贈与加算、1次相続と2次相続、相続までの想定期間、建物の評価額の将来の変化、土地の価格の上昇・横ばい・下落、将来売却する可能性、購入時の取得費、想定の売却価格、居住用財産の3,000万円特別控除。 そして、税理士と連携して具体的な試算をしたうえで判断するのがよいと思います。贈与税の申告や試算にも税理士報酬がかかり、登記には司法書士報酬がかかります。最終的には、相続税が何万円下がるかだけではなく、税金と専門家の報酬を含めたトータルのコストで考える必要があります。

あわせて読む

おしどり贈与は相続税対策になるのか ― 効くのは税額より、相続税の申告が要らなくなること 

おしどり贈与は、いつするかで意味が変わる ― 建物評価の低下・土地の値上がり・2次相続 

 贈与税の配偶者控除(おしどり贈与)とは? ― 制度の趣旨と基本ルールを整理 

おしどり贈与|配偶者が先に亡くなる場合を想定していますか? ― 名義変更と相続の「順番」で結果が変わる話 

生前贈与は、相続の流れの中で考える|目的・制度・特別受益・遺留分を整理 


まとめ 税金の制度から、家族の形を決めない 

配偶者への居住用不動産の贈与には、「最大2,110万円まで贈与税がかからない」という、とても分かりやすい数字があります。しかし本当に大切なのは、「この制度が使えるから、家をこう分けよう」と考えることではありません。 先に考えたいのは、この家にこれから誰が住むのか。10年後、20年後も住み続けるのか。将来売却する可能性はあるのか。夫婦の一方が亡くなったあと、もう一方はこの家で暮らし続けるのか。2次相続では、子どもたちへどのように承継したいのか。そして、生前に配偶者へ自宅を渡しておくことが、その配偶者の生活を守ることにつながるのか。 そうした家族と住まいのこれからを、先に考えます。その答えが見えてから、贈与しないのか、土地だけを贈与するのか、土地・建物を夫婦共有にするのか、相続までそのままにしておくのかを考える。最後に、その選択について税理士と連携して数字を入れ、税務の上でも無理がないかを確かめる。

順番は、「税金 → 家族」ではなく、「家族と住まいのこれから → それに合う税制」だと思います。  配偶者への居住用不動産の贈与も、「節税の制度だから使う」のではありません。その家をこれからどうしていきたいのかを考え、その答えに合うのであれば使う。それが、この制度とのいちばんよい付き合い方ではないでしょうか。ご自身の状況に当てはめて考えるのが難しいと感じたら、その段階でご相談いただければ大丈夫です。初回のご相談は無料です。 


司法書士田中康雅事務所
〒215-0004
神奈川県川崎市麻生区万福寺6丁目2-10
 新百合丘レジデンス402
新百合ヶ丘駅 徒歩5〜6分
電話:044-969-2262
受付:平日9:00〜20:00/土曜9:00〜18:00/
日祝は予約制
初回のご相談は無料です

司法書士田中康雅事務所|新百合ヶ丘・麻生区の相続相談

新百合ヶ丘・川崎市麻生区の司法書士田中康雅事務所。相続実務30年以上の司法書士が直接対応。「心を軽くする相続」をコンセプトに、相続登記・全部まとめて遺産整理から、自宅・不動産の承継、遺産分割、遺言、生前・2次相続対策まで、法・税・暮らし・想いの4視点で道筋を整理。相続税は税理士と連携。まず当事務所で整理し、必要になったときに弁護士をご紹介。NPO法人相続アドバイザー協議会専務理事。

0コメント

  • 1000 / 1000